悪名高いとは、どれほどなのだろうか?全く予想がつかない。噂に対して半信半疑なまま、セネガルとモーリタニアの国境にたどり着いた。
私はいま、セネガル側にいる。川を挟んだ向こう側のモーリタニアの街がロッソだ。ロッソ国境というとこの国境を指し、バックパッカーが避けて通ると言われている場所だ。今から、ちょうどその国境を通過しようと思う。
セネガルのサンルイという場所から、この国境までは乗り合いタクシーでやってきた。タクシーの簡易駐車場のようなところに着くと、全員が下ろされた。私以外に乗っていた3人の現地人は歩いてどこかへ去り、私はドライバーに指示された方向へ歩いた。どうやら国籍の違いから特別な手順があるらしい。少し歩くと、ロバを引き連れた青年が。「これに乗ってパスポートコントロールまで行くんだよ」
行くんだよって、もう乗ることが決まっているかのような言い方だ。
値段も小さい水ペットボトル10分の1本程度だったので、大人しく乗る事にした。
人が歩くよりも、ちょっと遅いくらいのスピード。これは歩いた方が・・・と思うが、先がどれだけ長いかもわからないからな、と思いとどまる。すると、青年は着いた、と私に合図を出した。結局乗った時間は2分くらいの道であった。まあ、いいでしょう、と自分に言い聞かせ、先へ進む。先ほどの青年は徒歩で、まだ着いて来ている。
少し歩いた。その間も、後ろから方向を教える青年の声はずっと聞こえていたが。すると、すぐに小さな建物に到着。中に入るように促される。そこでのパスポートコントロールはあっけないほどスムーズだった。少し拍子抜けしたような、ほっとしたような。ここで、ワイロ請求の嵐がくることを想定していたのだが。
先にある同じくらいの大きさの建物に入る。どうやら中では換金ができるらしい。たしかにこういう国境付近では両国の通貨を変えるための場所があったり、人がいたりする。換金所であることは分かるのだが、雰囲気がよろしくない。ワルの集まる廃れたバーという形容がぴったりだ。薄暗くて、部屋の奥に立派なテーブルが一つ置いてある。そこには小太りの男が座っている。40代と言ったところだろうか。そこに向かい、両替金額を提示する。ものの数秒で周りから20代〜30代くらいの人々が6人ほど集まり私を取り囲んだ。
なんだか、威圧的だなと思いながらも換金に集中。小太りの男は電卓で換金後の値を私に見せると、机の上に置いてあった札束から輪ゴムを外し、一枚づつ数え始めた。さすがに手慣れている。数え終わった札はどんと机におかれた。私は、それが正しい枚数あるか一枚ずつ数える。右手持ったお札を数えるごとに左手で机に置いて行く。全て数えてぴったりだった。
彼らは、私から換金の元となるセネガルの紙幣CFA(セファ)を受け取ると、早く出て行くように急かした。なんだか怪しいと思い、さきほど受け取った札束を数えると何枚か不足している。実は先ほど、机に置いていた時に、私の隙をみて、周りにいた若者が抜き取っていたのだ。ピンと来た私は嬉しくなって、すぐ机の方にUターンした。
なんだか、自分が騙されずに気づいたことが嬉しい。私は笑顔で、手口を説明して問いつめた。その時の彼らの困惑した顔は今でも忘れない。まず、ばれたこと自体が予想外だったかもしれないが、それよりも、私が満面の笑みであることに戸惑っただろう。きっちりと正しいレートでの換金を終えると次には、川が待っていた。
川岸にはいくつもの細長いボートがとめられていた。向こう岸まで行かなければならいことも、この船を使わなければならないことも分かっている。船の船頭らしき初老の男が来いと合図を出している。船には既に二人の女性が乗っている。あ、この人たちは国境まで一緒に乗り合いタクシーに同乗していた人だ。結局同じくらいの時間はかかっているということかと納得し、乗り込む。
船頭の老人は私に料金を伝える。しかし、どれがどう考えても高い。前に乗っている女性に聞くと、私と同じ値段を既に払ったと言い張る。ボートが川の中腹に差し掛かったとき、女性二人は、コイン二枚を船頭に手渡した。明らかに私の方が、高く請求されているが、その値段を払う事にした。女性二人が船頭の老人をかばうのは、わからなくもない。
向こう岸に着くと、疲れがどっと出て来た。最難関は乗り越えたと思っていたが、そこには人の群れが。セネガルを出たはいいが、隣国モーリタニアに入国できずにいる、怒りまくる人々が波のようにうごめいている。その中をかき分けるように進む。進むというよりは、一回群れに加わると、決まった方向に流されて行くという感覚だった。なんとか、パスポートコントロールにたどり着くとパスポートを提出。ここでのスタンプもすんなりともらうことができた。最後にモーリタニアの街に続く小さな白い門をくぐる。
ふと、横を見ると、ロバの青年が。まだ着いて来ていたのか。船は一緒にのったところまで覚えていたが。よくわからないまま、青年も一緒に入国。最後の白い門の入り口には、がたいのよい男が立っていて人の流れをせき止めている。ここで、50円程度払うと親指の長さ四方の小さな紙がもらえて、それを持つもののみ門をくぐることができる。当たり前かのように、私は、ロバの青年の分も支払う。
門を出るとすぐそこは活気に満ちた通りになっていた。もう国境というよりは、街の中の市場という印象だ。
国境というわずかな時間だけだったが、彼には愛着が湧いた。
彼が、チップ目的で色々やってくれたことはわかっている。このようなことで生計を立てる人はたくさんいる。しかし、彼は違っていた。全てのタクシーの手配が終わり、私はそれに乗り込んだ。もう出発できる寸前になっても、彼はなにもお金について言おうとしない。私は、真摯な態度と、しっかりとした彼の仕事への対価としてチップを支払った。