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ポンペイは古代ローマ時代に、ヴェスヴィオ火山のすぐ側につくられた都市なのだが、79年の8月24日に起きた火山噴火により瞬く間に壊滅したと言われている。
町には火山灰が降り注ぎ、さらに火山の噴火によって熱気や岩石が、なだれのように斜面を流れ下る火砕流という現象も発生した。当時の手紙の内容には、その火砕流が一気に流れ落ち、海まで達したと書かれている。積もった灰の高さは5mにも達した。
町から逃げ損ねた人々の遺体の上には火山灰が覆い被さった。それから時が過ぎ、遺体そのものは腐食して無くなる。火山灰は固まり、その中に人の形をした空洞ができる。
現在では、その空洞に石膏を流し込んでつくられた人の姿がポンペイの遺跡に置かれている。その中には、苦しむ表情が見て取れるものや、母親は子供を抱き、守ろうとしている様子がわかるものもあり、当時の悲惨な瞬間を現在に伝えている。
ポンペイは当時の古代ローマ人の生活を非常にわかりやすい状態で保存している。皮肉にも、火山灰が湿気を吸い取る乾燥剤の役目を果たしたからなのだが。
住宅では焼いたままのパンやテーブルに並べられたままの食器が見つかっている。市場・バー・レストランなどの建物があったこともわかり、当時の人々の様子が伺える。
すぐそこには、ヴェスヴィオ火山が。
網目状に整然と区画された道路。歩道と車道に分かれている。
天使のフレスコ画。周りの落書きを別にすれば、よい保存状態を保っている。
プラスチックで保護されたフレスコ画。
石膏でつくられた人の姿。
円形劇場の外側。
円形劇場の内部。
ポンペイへと向かう電車の車内。