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(写真の参照元:dpr-barcelona)
石油が見つかって、それを輸出するとします。
もしそうなったら、どんなルートで原油を運びますか?
もちろん、一番短くて、安全で・・・
という風に考えますよね。
しかし、実際には、そんな理由だけで原油の輸送ルートは決まらないのです。
まずはバクー油田についてです。
この油田はアゼルバイジャンという国の首都バクー沖で見つかりました。
バクーはカスピ海に突き出している場所で、そのすぐ側のカスピ海で油田が発見されたということです。
まだこの国がソ連に組み込まれていたころから、バクー沖には油田が発見されていました。しかし、当時のソ連の技術では開発できないままだったのです。
アゼルバイジャンのバクーはこちらです。
旧ソ連に属していた、コーカサスと言われる地域にあります。
さて。
続いて、このバクー油田での本格的な開発を西側諸国とやっていきましょう、という話になっていきます。
1994年のことです。
これを「世紀の契約」と呼びます。
ちなみに、この段階で、既に輸送するためのパイプラインは2つありました。
【今までのパイプライン】①ロシアを経由するもの、②隣国グルジアを経由するもの。ともにトルコの北に位置する黒海にたどり着き、そこから船で運ばれていくというルートです。いずれも、パイプが細く、大量の石油輸送には向いていませんでした。
パイプはあったけど、大規模な開発に向けては使いものにならいということでしたね。
そんな中で、新たなルートをつくりましょう、となるわけです。
その時の案として、カスピ海の南にあるイランを通すことが検討されました。
イランを通れば最短でペルシャ湾に出られます。
下の地図で目印のあるところがペルシャ湾です。
そして、その北にあるのがカスピ海です。
カスピ海とペルシャ湾がイランを挟んだ形になっているのがよくわかりますね。
まとめると、「カスピ海」→「イラン」→「ペルシャ湾」というアイデアがあったのです。しかしこの案は採用されません。
その代わりに、非常に長いBTCパイプラインが採用されます。
なぜでしょう?
理由を見る前に、このルートが何なのかを考えてみましょう。
BTCとは、このパイプラインが通る町の名前の頭文字をとって付けられたものです。
(画像の参照元:BTCパイプライン-Wikipedia-)
上の写真を見ると、緑色の線がアゼルバイジャン(ピンク色の部分)からトルコ(黄色の部分)に通っていることがわかりますね。これがBTCパイプラインです。
このパイプラインは、さっきも言いましたが効率が非常に悪いのです。
紛争地帯も通りますし、距離も長いです。
それだけ、パイプを敷設する費用もかかります。
せっかくつくったのに、紛争でバーンと破壊される可能性もあります。
では、本題です。
なぜ、このルートがとられたのでしょうか?
答えはこうです。
パイプラインがイランを通過することが出来なくなったからです。
イランが、パイプラインの設置を拒否したからでしょうか?
いいえ、全くそのようなことはありません。
では誰が、これをよしとしないのでしょうか?
その張本人がアメリカです。
アメリカはイランと仲良くありませんね。
絶対、イランは通過してほしくないのです。
大事な原油の供給を敵国に委ねたくはないという考えです。
アメリカがダダをこねるわけです。
でも、そんなの聞かなければいいじゃん、と思いますよね。
しかし、聞かなければならない理由がちゃんとあるんです。
このパイプライン設置事業を行う主体は多国籍企業です。アゼルバイジャン国営の石油会社と複数の外国の石油系の会社が協力して行っていくという仕組みです。
実際、そこにアメリカの石油系の企業も参加しています。
そして、アメリカは、もしイランを通過するルートを採用するならば、私の国からは企業を一切参加させない、と言うわけです。
最終的に、このルートが採用されます。
この決定に至る決め手となったのは、原油価格の高騰などが挙げられるわけですが、その背景には、アメリカの政治的な理由が大きく絡んでいるという話でした。
出典は『コーカサス国際関係の十字路』です。