サグラダ・ファミリアの正式名称は、「聖家族贖罪(しょくざい)教会」で、カトリックのバシリカ。(※バシリカ:一般の教会堂より上位にあることを認められた教会堂のこと。)「教会」の名が示す通り、このサグラダ・ファミリアは寄付によって建設費が賄われている。民間カトリック団体「サン・ホセ協会」が、すべて個人の寄付に依って建設される贖罪教会として計画したことが始まり。
1926年、ミサに向かう途中、路面電車にはねられて死亡したアントニ・ガウディ(身なりに、あまり気をつかわなかったため、浮浪者と間違われて手当てが遅れ、事故の3日後に73歳で息を引き取った。)の遺体は、サグラダ・ファミリアの敷地内に埋葬されている。
サグラダ・ファミリアを訪れる人の数は、年間300万人にものぼり、スペインの中で最も観光客が訪れるスポットとなっている。
ガウディは、サグラダ・ファミリアの高さを984フィート(約300メートル)よりも高くしないように設計した。というのも、彼には、自然がつくりあげた造形物こそ、バルセロナの中で最も高くあるべきだという考えがあり、モンジュイック山の標高が984フィートだから。
サグラダ・ファミリアの建築プロジェクトはガウディによって始められた訳ではない。建築家のフランシスコ・ビリャールによって1882年に着工したが、彼は、意見の対立から、翌年には辞めてしまった。2代目の建築家に抜擢されたのが、当時は無名のアントニ・ガウディであった。
サグラダ・ファミリアには、直線が使われておらず、曲線のみによってつくられている。ガウディは、自然界の中にある流れるような曲線をこよなく愛し、これを彼の最高傑作であるサグラダ・ファミリアに遺憾なく注ぎ込んでいる。
サグラダ・ファミリアの内部に目をやると、そこには天井を支えるいくつもの柱が立っている。この柱は、木をイメージしてつくられており、上にいくにつれて枝分かれし、サグラダ・ファミリアそのものが大きな森であるかのような印象を与える。
かつては完成まで300年はかかると予想されていたサグラダ・ファミリアの工事だが、スペインの経済成長や観光客の増加に伴う入場料収入などに支えられて進捗は加速しており、公式発表によると、ガウディ没後100周年目にあたる、2026年には完成するとされている。建設開始から長い年月が経っているため、建築と並行して修復も行われている。